福島第一原発の経過について・5

今までの記事の続きです…が,今回は放射線量そのものの解析ではなく,先日,4月1日にあった,元原子力工学研究者の方々の記者会見動画に関連しての更新です(参考*1])今までの記事,放射線量のモニタリングについては下記を参照ください.
福島第一原発の経過について・4
福島第一原発の経過について・3
福島第一原発の経過について・2
福島第一原発の経過について・1
放射線量率モニター更新中 (検索用キー:放射能) - 宇宙線実験の覚え書き

また,放射性物質が今までどの程度ばらまかれたか,このまま推移したらどのような影響が考えられるかについては,牧野先生によるまとめが非常にわかりやすいです.
福島原発の事故その3 (2011/3/29-30 書きかけ)

さてそれでは本題ですが,会見の中で,何が心配か,という点について最初の方に具体的に指摘しています.その内容としては,

  • 炉心溶融とそれに伴う,圧力容器,格納容器の損傷(0:30-1:10)
  • 水素の発生にともなう水素爆発による格納容器の損傷(1:10-1:52)

の2点について指摘しています.下記にこれらの部分を少し長くなりますが,動画より引用します.

私どもとして,一種の原子力をやってきたシニアとして一番心配していることは,炉心がもう当初からかなり融けていたということであります.それで,融けていた炉心ですから,未だに熱を出しています,相当の.それが時間と共に少しずつ圧力容器のバウンダリー(境界)を破りいくことによって更に格納容器という放射能閉じ込め機能を破ってしまうということになると,大変な大量の放射能が外に出る恐れがあると,いうことは今,大変懸念しております.それから,水素がずっと出続けております.当初はジルコニウムー水反応で大量の水素が出るんですが,それが終わったとしても放射線分解によって水素は絶えず出てきます.で,そういったものがどこかにたまると,爆発するという,もうすでに何回か水素爆発の威力をみなさん目の当たりにしているのでお分かりかと思いますけれども,大変,そういうことで,いわゆる放射能の閉じ込め機能であります格納容器等に大きな破壊がもたらされる,ということを心配して参りました.

とあります,この後は,これを解決するには出来るだけ速やかに原子炉を冷温停止する必要があること,また,使用済み燃料プールについても注意しなくてはならないという点について言及し,現在の放射能汚染レベルについてコメントしています.

炉心溶融については,各所で喧伝されていますので,なんとなくは認識している方も多いと思いますが,水素爆発について,軽く前回の記事で触れているのですが,どういうことかいまいちピンと来ない部分もあると思うので,今回の記事ではここに絞って概説します.

まず,会見では水素の発生要因として,ジルコニウムー水反応と,放射線分解の2つがある,という点を指摘しています.ジルコニウムー水反応については事故後だいぶたち,耳になじんできましたが,高温の水蒸気と,燃料棒の被覆管であるZrが接触することによって生じるもので,Zr+2H_2O \rightarrow ZrO_2 + 2H_2という反応になります.これによって反応した水素がベントによって,大部分外部に放出され,水素爆発を引き起こしましたのであろう,ということについては前回の記事で考察しました.しかしこれ以降,圧力容器,格納容器の健全性を議論するにあたって問題になるのは,むしろ次に指摘している放射線分解になります.放射線分解とは,高温の水分子に高エネルギーのγ線があたることによって水分子の水素ー酸素間結合が切断される現象を指し,それが起こることによって,最終的に水素分子と酸素分子が発生し,そのほとんどは当然,圧力容器内にたまることになります*2.これは発生量こそそこまで多くはないのでしょうが,質的にジルコニウムー水反応による水素の発生と違い,同時に酸素も発生させてしまう,という点である一定濃度以上になると自然発火を引き起こす可能性があり,非常に危険です*3

(※注;この段落に関連する資料などで行われている議論はかなり大きな安全係数がとられていることに留意して下さい.)とはいえ,もちろんそうした危険性は認識されていて,回避する方法についても議論がなされています(http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/kakunou/5/).リンク先中に資料がいくつかあるのですが,そのうちのこの(PDF)資料を参照すると,放射線分解によって発生する水素,及び酸素について,普段ならば炉心(たぶん圧力容器内)に気体廃棄物処理系が取り付けられているようですし,原子炉が無事に冷温停止すれば発生もやむという記述があります.ただし,今回の事故は資料中のBDBE(Beyond Design Base Events;設計基準外事象)に対応するのですが,資料中に,

設計基準LOCA評価の評価結果にかかわらず、a prioriに沸騰継続を仮定すると、通常運転時に発生する可燃性ガスと同等なメカニズムにより、20日程度で可燃限界に到達

という記述があることを考えると,実際の日時は色々な仮定によるので一概には言えませんが,今回はずっと沸騰状態が継続していることは間違いなく,水素の発生が止まっていない状態なので,そろそろ心配をしなくてはならないのは確かです.実際,そういう可能性があることを踏まえると,ここ数日の圧力容器,及び格納容器内の圧力変化,もしくは温度変化で全く意味不明だった3号炉の挙動(圧力容器給水口の温度が突然下がる,圧力容器内圧力計のうち一つの読みがほぼ0気圧になる,など)が,計器の故障ではなく,水素の燃焼と,それに伴う気体の断熱膨張による温度低下と圧力低下である,であるということなのかもしれません.どちらにせよ,そうした水素及び酸素の発生は未だに圧力容器内の水位が十分に上がらない要因の一つであることは間違いありません.

何はともあれ,最大の問題は,水素の燃焼はともかく,それが爆轟(格納容器が破壊される危険がある.)に至るようなレベルに達するか,という点であり,最近,報道されたこちらの記事も,その目的は水素濃度を薄めることで爆轟を防ごう,というところにあると考えて間違いないでしょう.また,初期に繰り返し行われたベントは圧力を下げること以上に,たまった水素を外に逃がす,という目的も大きかったのだと思います(結果として建屋を吹き飛ばす結果にはなってしまいましたが.).現実問題として,格納容器の内側は不活性化されていて爆轟が起きにくくなっているでしょうし,大量の水蒸気の存在下も爆轟が起きにくくなる方向に働きます.従って酸素がたっぷりあり,比較的乾燥している建屋内に水素を逃がした時とはだいぶ状況が異なりますので,そんなに簡単に起こることは無いとは思いますが,起き得る,という意識を持っておくことは重要ですし,現場の方々は遠くで見ている僕たち以上に同じような認識(だからこそ,そしてそれを今,直接携わっていないとはいえ,今まで原子力に関わってきた専門家の中の専門家の人々が情報発信を行ったのではないか)なのだと僕は思います.

次に,その爆轟が公表されているデータから,もしくはもう少し積極的に公表してなくても現場の人が見ているであろうデータからその兆候を読み取れるか,ですが,水素濃度の直接測定はおそらく出来ないでしょうから,現実問題としてかなり難しいと思います.少なくとも,僕にはすぐには有効なものは思いつきません.水素の発生,というところから単純に考えれば圧力の上昇が危険要因である,という考えも成り立つのですが,同時に水蒸気の発生も圧力を押し上げますので,そう単純には言い切れないことに注意して下さい.今,懸念されている(であろう)1号炉も圧力こそ一瞬上昇したもののその後下がりましたし,そこまでおかしな値,とも言い難いです.他の方法も幾つか考えたのですが,実際に実行してみると不確定要素(中の温度分布など)が大きく難しいです.

とはいえ,窒素を再充填して爆発の可能性を減らす,など,とりうる方策を色々検討されている,というのは報道からでも伝わってきます.少なくとも使用済み燃料プールについては(僕の前回の考察が正しければ)現在は小康状態にまで持っていくことが出来ているわけで,少しずつは終息に向かっているのではないか,と思っています.とりあえずは引き続き経過を見守りたいと思います.

*1:4月1日記者会見動画より.これを元にした記事はこちら(http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110401-OYT1T00801.htm

*2:実際の経過については,きちんとした解説を見つけたので,そちらをご参照ください(放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10) - ATOMICA -).

*3:様々な条件で変わってくるので一概には言えないようですが,水素の自然発火下限濃度は5%程度,これが18%になると爆轟という強い衝撃波を伴う状態になりうるようです.